FC2ブログ

fqtの格言3ヶ条
「Punky」・・・パンク・ロック(反発心を含んだ攻撃的で強烈な音楽)的
「Junky」・・・麻薬中毒者のように大衆には理解し難いほど破滅的・破壊的
「Crazy」・・・気が狂ったように興奮させられるほど熱狂的


憂鬱にまみれた反逆者たちよ、共に目指そう 魂のエルドラド   ついてきたいヤツだけ ついてこい  最高の夢を見せてやるぜ!!  18歳になっても暴れまわるぜ!!
近況コメント 2008.12.12 17:36 up
Finetoday
                



2009.03.31 JUST A HERO
どうも!最強暴威のfqtや!

※本日の記事はYoutubeを再生したままお楽しみ下さい。BGMとして※

BO遵KWY「JUST A HERO」



2006年2月26日 20時55分45秒

ここから全てが始まった。「fqt伝説」が始まった。

当時はまだ今ほど盛んではなかった「ブログ」というものを始めた。俺はそこを最大の実験室にした。「フジナミ」という自分ではない「fqt」というシンボルを売り込む。最大のプロパガンダだったように思う。

全てを捨てたかった。10年間目標にしていた高校に入ることができ、もう武装を解除しても良いと考えていた。他人と違っていることは悪いことではない。逆にこれを売り物にすれば良い。それを実証する必要があったのだ。

高校1年生。俺は全てを捨てた。全てを失った。
15年間育った愛着のある我が家を手放した。半年間は仮住まいの生活。全てに不満を感じていた。しかし、狭い環境だったからこそ、家族との距離が縮まったような気がする。振り返ればいつもそこに誰かがいる。俺は家族の温かさというものに触れた。

学校では、それまでと違った自分を手に入れた。携帯のアドレス帳に異性が増えた。恋愛に発展したわけではない。ただ、まるで男子校生のような俺の学生生活に彩りを与えることになった。初めて自分が中心でいることができた。少なくとも、俺はそう感じていた。

自分の足取りが軽くなった。重い腰を上げ、恋愛関係にも手を出すことを試みた。あの頃が1番若かった。ブログを通じて知り合った関係もあった。1年前と180度違った人生を歩んでいた。

しかし、俺はいつも胃腸に問題を抱えていた。軽い拒食症に陥った。違う自分を演じることによるストレス。本当の笑顔は消え、作り笑いを浮かべる生活だったように思う。楽しかったが、疲れた時代でもあった。

その頃から世の中に疑問を感じ始めた。いや、疑問はずっと昔から感じていたかもしれない。だが、それを表現し始めたのはこの時期だろう。

MORALへのレジスタンス。

モラルとはいったい何だ?強者が作り上げた都合の良いシステムじゃないのか?だとしたら、そんなものに乗っかってたまるか!俺は警鐘を鳴らし始めた。

BO遵KWY「MORAL」



高校2年生。レジスタンスが最も強く表れた時期だ。1年の頃とはまた異なった人生だった。ピエロを演じることに疲れたのだ。当時のクラスの奴らから拒絶されたことを良いことに、俺はアウトローに戻ったのだ。形式的には中心にいる時もあったが、とにかくアウトサイドに身を置いた時期だった。

仮装のプロ長、自治会長・・・常に俺の周りには摩擦が起きた。1つ上への学年へのレジスタンス。抵抗勢力との勝負はファンキーであるのと同時にクレイジーだった。正しいかどうかは関係ない。ここで屈したら負けだと思った。

その事について多くを語るのはやめておこう。墓場まで持っていかなくてはならない話だってある。とにかく、バトルの連続の時期だった。


高校3年生。もっとも安定し、落ち着いていた時期だった。俺の中に怒りの感情が生まれてくることはあまりなかった。もう中心にいることはなくなった。好んで傍観者になっていたからだ。仮装時のクラスのトラブルも静観していた。興味がなかった。

体育大会も球技大会も仮装も何もかも参加しなかった。穏やかに過ごしたかった。もう心身の疲労はピークに達していたのだ。何もしたくなかった。

授業をサボって海に行ったこともある。あれは天気の良い日だった。遅刻しそうだったので、学校に行くのはやめて、南の方へ走った。砂浜に自転車を止め、荷物を枕にして身体を休めた。波の音は鳴りやむことはない。穏やかな日差しに冷たい海風。最高の癒しとなった。それからは学校に行くことが嫌になった。

おそらく出席簿を見ると、2学期後半から遅刻・早退・欠席が急激に増加しているだろう。それは受験からくるストレスではない。高校生活に疲れていたのだ。家で寝ていたこともあった。一生で1番休んだ時期だった。

受験の結果は当然だったかもしれない。しかし、俺に後悔はない。


俺の高校生活には常に2人の人物が介在していた。「フジナミ」という本当の自分と「fqt」という作り上げた自分。どちらが良い・悪いという話ではない。どちらも必要だった。しかし、そろそろ「fqt」というプロテクトを外して生きていくべきだと思う。


『僕はもうすぐ旅立つ 果てしなく遠くの戦場へ
もう2度と帰って来れないforever 涙が止まらなくなるよ

もう2度と戻らない日々を 振り返ったとき
素直になれない僕が きっとそこにいるはず』

fqt「Imaginary Lover」

これは久し振りに作った歌詞。実に7年ぶりだろうか。数ヶ月前に公開した詞なので、覚えている人もいるのではないか。

もちろんこの曲はある具体的な事があってそれを受けて作ったわけであるが、今考えてみるとタイトルにもなっている「想像上の恋人」は過去の自分であったような気がする。俺は「fqt」に恋をしていた。だからこそ生まれた曲なのかもしれない。

それは同時に作ったこの歌詞にも表れている。

『モテる奴よりナイスガイ AVANT-GARDEにLonely Wild
夢があるならGo ahead 迷わず真っ直ぐ突き進め

その場限りの恋なら 初めから捨てちまえよ
自分自身とfall in love ドライブしようぜどこまでも』

fqt「Missing Access」


俺が作り上げたのは「JUST A HERO」だった。でも、俺の3年間には絶対必要な存在だった。

でも、もういいだろう。fqtを俺の中に統合しようと思っている。


fqtの「BEAT EMOTION!」はやめてもブログはやめない。これからは、新しい自分として表現していきたいと思う。

俺が3年間ずっと嬉しかったのは、このブログを楽しみにして読んでくれる人が多くいたこと。色々な所から話を聞いて本当に嬉しかった。それも俺が知らない人までがそう言って下さるのだ。ブロガーとしてこれ以上の喜びはない。本当に感謝しています。ありがとうございます!!

もし本当に近い人だけに知らせてこのブログをやっていれば、コメント欄を閉鎖してやることもなかったかもしれない。誹謗中傷を知らずにやってこれたのかもしれない。それを俺はあえて公開した。色々なサイトに宣伝を打った。自分でもどんどん広めた。だからこそ、コメント欄を閉鎖せずにはいられなかったが、俺はこれで良かったと思っている。

門戸は広いけど、敷居は高いこのブログ。それを愛して下さった人全てに感謝したい。

まぁ、この記事は事実上の引退宣言となるわけだが、これからもずっと物書きは続けていきたいと思いますので、応援よろしくお願い致します。

・・・というわけで、ホームページを作りました。静岡空港と一緒で、色々間に合わなかったので、暫定開港となりますが(笑)随時情報を追加していきますので、どうぞパソコンからアクセスして下さい。

HeartBeat Production
http://www42.tok2.com/home/heartbeat/index.html


携帯からしか閲覧できない人は新ブログに直にアクセスして下さい。

DailyDavy
http://dailydavy.blog56.fc2.com/


じゃ、fqtとしてはこれにてお別れとなるが、最後にfqtとして最後の仕事をさせてくれ。


どうも!ニューヨークのイケメン弁護士、fqtや!

お前ら、夢はあるか?その夢は本物か?決して諦めたりしないか?

必ずしも自分が描いた通りの人生を送れるわけじゃない。でも、それによって見つかる道もあるってもんや!

他人なんて関係ないぜ!お前が思った通り、感じた通りそのまま表現していったらいいんや。負けたらアカンで。勝たな意味がない。

それは一時の勝敗なんかじゃない。死ぬ間際にカウントして1コでも多く勝っとったらええんや。恐れるなよ。ビビったら負けやで。

何年か経って、俺とお前とどっちがAVANT-GARDEに生きてるか、勝負しようぜ!ま、俺は負ける気はせーへんけどな。かかって来んかい!!

じゃ、最後に夢を自分の心に秘めてる全てのヤツに送るぜ!!

BO遵KWY「Dreamin’」



fqtの「BEAT EMOTION!」


これぞ、史上最強暴威の俺スタイル!!!





スポンサーサイト



2009.03.17 PRIDE
どうも!最強暴威のfqtや!

今日、9ヶ月ぶりにNHK会に参加してきた。いや~、カルチャーショックというか、何か違う世界を見てきたようだったな。感想を一言で言うと、

「あんな感じにはなりたくないな」。

何を見てそう思ったか具体的に言及することは避けるけど、今から話す今日起こったもう1つのエピソードと重ね合わせてもらいたい。

4月から一人暮らしをするにあたって、引越の準備をしてるんだけど、いよいよ服をつめる段階に入った。でも、困ったことに何を持っていったら良いのか全然わからない。もともと、服とかそういったファッションには無頓着で、服を買ってもらう段階で「どれにする?」って聞かれても、何を選んだら良いのか全然わからない。だから、服装が派手と言われるのは、キレイな色のものばかり買うから結果的にそうなる。

しかも、最近の服はピッタリめのものが多い。上着も小さいし、キツイし、短いし。ズボンも、硬いし、深くはけないし(いわゆる腰ではくものが多い)、足は細めにできてるし。買うものが無いんだよね。俺はここ数年太ってきたということもあって、ゆったり着れたりはけたりするものが欲しいのに全然ない。そうかといって、ウエストはそんなにないものだから、大きめのサイズのものも買えない。腹だけ出てる人には肩身の狭い商品ばっかだ。

それに加えて、ファッションには全く興味なし。サングラスをかけてるのも、カッコイイからというより、目が光に強くないからという至って実用的な理由なのだ。デザインなんかどうでも良い。機能的であることが俺にとっては最も重要なのだ。

それと寒がりだから、トレーナーを着る時、1番上でない場合には俺はズボンの中にしまう。腹を冷やしたくないからだ。加えて、俺は基本的に厚着だ。フリースの上にまたフリースを着ることもある。フリースは軽くて暖かい。ズボンも2枚はくこともある。靴下は厚手のものだ。手袋も基本的に5月までしている。そういうのを人はおかしいと言うが、俺にとってはどこがおかしいのか全くわからない。暖かければそれでいい。実用的ならそれでいい。

ファッションにこだわることも全否定するわけではないが、俺はそういう生き方はしたくない。女ならまだしも男で外見をいちいち気にするのは理解できない。そもそも、外見だけで判断するようなヤツはロクなもんじゃないと思っているし、男で外見をいちいち気にするのもなんだか女々しいと思う。男なら豪快に行かんかい!と腹の中で思ってしまう。


今日の旧友との再会の話もこれと直接関係あるわけではないが、住む世界が違うことを強く感じた。話が合わないんだよね。何か違う。風貌がものすごく変わってるヤツとか、明らかにモテそうにないのに無理して女作ったヤツとか、毎日遊び呆けているヤツとか。1度はそっちの人生に憧れたこともあった。だけど、今は違う。ああはなりたくない。そう強く感じた。

彼女?欲しい時もあったさ。でも、今はいらない。結婚だって無理にする気はない。昨日の「深イイ話」での紳助が言った言葉がそれを象徴している。

「夢を50%以上持った男と結婚したら女は不幸になる」

自分を「二流になった」と言ったことを深く反省した。確かに、大学受験の偏差値の世界では二流になったかもしれない。だけど、俺の勝負所はここじゃない。ビジネスの世界だ。ビジネスの世界では一流になってやる!そう固く決意した。

遊び方を知らずに落ちこぼれたら、もう居場所はない。18年間ほとんど遊ばずに(怠けることは多々あったが)ここまできたから、遊び方が身についていない。そんな状態で落ちこぼれてみろ。居場所はないぞ。今の俺にできること、やらなくてはならないことは、「取って代わることのできない最高級のプロ」になることだ。いわゆるスタンダードな人生ってヤツを歩んでいないから、一般的なことはわからない。だが、他の人が言わないようなことならいくらでも言える。

「明治だっていい学校じゃない」
「一生懸命やったんだから、仕方ないよ」
「あんまり上を目指しても、良いことないよ」

そんな慰めの言葉はいらない。

ただ、次の勝負で勝つ。

ビジネス界でトップをとる。

それだけだ。それだけでいい。

過去を振り返って反省するヒマがあるんだったら、次の勝負に向けて行動を起こした方がいい。少なくとも、早稲田や東大の連中には絶対負けたくない。高学歴を鼻にかけ余裕ぶってるようなヤツに負けるなんて、俺のプライドが許さない。


今年の9月にFPの3級を取れるように勉強を開始した。だいぶ時間的には余裕があるから、関連する資格を7月くらいに取りたい。

大学4年間は最大限に自分を高めるラスト・チャンス。捲土重来。今度こそは、負けねぇぞ!!


落ちこぼれるのはゴメンだぜ。ゴールドマンやAIGの上層部のボーナスの額を批判したりうらやましがったりするくらいなら、自分がその額をもらえるように努力した方が絶対にいい。いちゃもん付けるだけのジャーナリストなんて、くそくらえ!言うな。結果で示せ。

そんなことを決意した夜だった。


今日は、布袋さんが奥さんの今井美樹さんのために作詞・作曲した曲。
今井美樹「PRIDE」


布袋寅泰「PRIDE(ギターソロ)」

2009.03.13 ラストシーン
どうも!最強暴威のfqtや!

久し振りの更新ですみません。新生活の準備と新プロジェクトの準備で忙しい日々を送っていたんや。なかなか1日ってヤツは長いようで短くて、あんまり物事が進まんな。

春は別れの季節。永遠の別れではないけれど、とりあえずどこかでコンマを打たなければならないな。お互いバラバラになるんだから。中にはピリオドを打たなければならない人もいると思うけど、俺は期待を込めてコンマを打たせてもらう。

そんなわけで、皆様にはメールアドレスの変更という名目で挨拶状(メール)を送らせてもらってるけど、届いてない人はいないかな?新しい住居も決まって、携帯も932SHに変えて、とりあえず報告できる体制になったから送ったんや。

称号も考えないとな。確か、静高入学時は「ニューヨークのイケメン弁護士」で売り出したけど、次は「錦糸町のプリンス」で売り出すかな(笑)次は高校時代よりさらに過酷な条件で0から人間関係を作らなきゃならないからな。知り合いで明治は1人しか知らんからな。

でも、なかなか楽しみだよ。この前の週末、マンションも大学も見てきたけど、4年間暮らすには絶好の条件だと思う。人間何があるか、ホントにわからんよな。早稲田落ちて悪いことのように思えても、結果的に俺は明治で満足してるし、仮に今「実は採点結果が間違ってて、あなたは合格です」なんて展開で早稲田商学に合格しても、今更行く気になれないしね。それでも俺は、明治を選んだだろうね。

こんな話を今日東進でしたら、「なんで?」って言われたけど、もう俺の中で腹は決まってるからな。言い方は悪いけど、別れた女と復縁してもう1度夜を共にする気にはなれないだろ?そんなもんさ。俺は俺を必要としてくれる人の所へ行く。明治が「来てくれ」って言うなら、喜んで行こうじゃないか!!

小沢さんだって、つい先日まで民主党はあれほど優勢だったのに、あんなことになっちまったよな?ま、俺は小沢さんの味方をするわけじゃないけど、あれは検察の横暴だと思うね。俺は、東京地検特捜部は悪の根源だと思っているから。国賊はさっさと去れ!!って言いたい。

一方、麻生さんはと言えば、経済対策が功を奏して支持率が下げ止まっている。定額給付金に対する論調も変わりつつあるし。高速道路問題も喜ばれるだろう。民主党がガタガタしている間に立て直して、景気回復させてもらいたい。「改革をやらない」麻生は切り捨てるけど、「改革をする」麻生は応援する。

やっぱり、人生とは予測のできないゲームだな。

ま、俺は俺で第2ステージのラストシーンを飾ろうと思っている。たくさんの宝物を胸に、新しい世界へ旅立つか。

今日は、布袋寅泰で「ラストシーン」


どうも!最強暴威のfqtや!

冬が過ぎ、春が来た。

もうそろそろ前の記事のMP3を聞いてくれたと思うので、書いていくか。音声の内容を踏まえて読んで下さい。

大学受験が終わりました。長い長い旅だった。今までは受験ブログでしか明かしてこなかったけど、もうそろそろしっかり書こうと思う。

単刀直入に言う。


明治大学商学部商学科に進学します!!

ここまでの経緯を書こう。

俺の志望校は、早稲田大学商学部だった。高2の夏か秋か、そのくらいに定まった。受験科目は、英語・国語・政治経済。ただ地理も好きだったから、それなりに勉強していた。

センター試験。俺は、失敗したと思った。終わった直後は。今年は昨年に比べ、英語・国語の平均点が落ちていることを考えるとそう思っても無理はないだろう。

しかし、自己採点してみると、奇跡が起こった。合計点では今まで取ったことのないような点数を取ることができたのだ。

センター利用での出願校は2校。

1、明治大学商学部商学科 (前期4教科型)
2、中央大学商学部金融学科フレックスPlus1コース
  (前期単独方式3教科型)

それぞれの配点に俺の得点を当てはめてみると・・・

明治・・・85%
中央・・・87%

この瞬間、俺は2校の合格を確信した。それもある程度、上位での合格ができそうだ。いわゆる「安全圏」だった。

結果は、2校とも合格。スムーズにパスした。


そして、一般試験。俺は、4つ出願した。これは日程順に書く。

1、早稲田大学教育学部社会科社会科学専修
2、早稲田大学政治経済学部国際政治経済学科
3、早稲田大学商学部
4、早稲田大学社会科学部社会科学科

4連戦だった。サンシャインシティプリンスホテルの29Fに拠点を構え、この戦いに挑むことになった。絶好の環境だった。部屋が暑すぎたことを除けば。

紆余曲折はあったものの、絶好のコンディションで戦えた。過去問演習地点では、商学部はギリギリ最低点を超えるかどうかという所だった。

途中経過は割愛する。結果を書く。

1、早稲田大学教育学部社会科社会科学専修    不合格
2、早稲田大学政治経済学部国際政治経済学科  不合格
3、早稲田大学商学部              不合格
4、早稲田大学社会科学部社会科学科       不合格


信じられなかった。少なくとも1つは受かると思っていた。しかし、俺は敗れた。

どんな理屈を並べた所で、負けは負け。素直に認めようじゃないか。

実力不足、努力不足、集中力不足。どこからか「ざまあみろ!」という声が聞こえてきそうだ。もし、俺が会長時代に対立した3年(124期生)が今これを見ているならば、そう言うだろう。「やっぱりfqtはバカだった。ざまあみろ!これに懲りておとなしくするんだな。」と。それに関しては、全く弁解する余地はない。負けは負け。頭が悪いから落ちた。バカは死んでも治らない。そう言うしかないだろう。勝てば官軍、負ければ賊軍。負けた以上、俺の理論など否定されたに等しい。これが、「勝負」ってヤツだ。

プロセスが良かった?頑張ったからそれでいい?
そんなくだらないことは言わないし、思ってもいない。勝負の世界は、結果が全て。結果が出なければ意味がない。極論を言えば、合格しさえすれば勉強しなくたって良いわけだし、いくら勉強した所で落ちればそんなものは意味がなくなる。どんな手段を使ったって、勝てばいいんだ。俺にとっては、結果が全て。だから、高校3年間、もっと言えば今までの18年間を否定されたようなもの。潔く我が人生の敗北を認めようじゃないか。

しかし、人生とは面白いもので、何が起こるかわからない。

では、ここから俺の「負け惜しみ」を聞いてもらおうか。俺自身は、全く晴れやかな気分でいることは読めばわかると思うが、今何を言った所で「負け惜しみ」と言われるだろう。それを承知で、「敗軍の将、兵を語る。」。

早稲田商学部の不合格が決まった、3月1日正午。心臓の鼓動は数分の間、停止した。何が起きたのか状況を理解できなかった。ウソだろ?夢だろ?夢なら早く目覚めなきゃ。

しかし、どう考えても現実の世界の出来事。俺は、自分の部屋に籠った。

瞬間湯沸かし器、fqt。怒りがこみ上げてくる。部屋にある早稲田関係のものは全て壊した。掲げてあった目標の紙も破り捨てた。枕、ゴミ箱、試験問題・・・色々投げた。全てを、投げた。

リビングへ向かい、両親に結果を報告した。涙があふれてきた。悔しいのではない。申し訳なかったのだ。両親にはどれだけの金や労力を使わせたのだろう。彼らにとっては、たった1人の子供。俺が失敗したら、全てが終わる。申し訳なかった。

他にも俺を支えてくれた人は大勢いる。本当に申し訳なかった。それと同時に感謝した。全てに感謝した。

よく俺は、親子の関係を株に例える。子は親に出資してもらっている。親は筆頭株主。子は結果を出すことを求められている。今回のことで増資を要請したため、尚更、結果が求められている。それが、この結果。本来なら株主代表訴訟を起こされても仕方がない。

確かに、自由契約の世界。投資した側の責任といえば、そうも言えるかもしれない。しかし、株式公開して売り込んでいる以上、投資家には最大の敬意を払わなくてはならないし、最大限の結果を出して、株主の利益を高めなくてはならない。それが、出資してもらう側としての最低限の責任だと思う。それができないのなら、株式公開するな!そう思う。

だから、余計に悲しかった。悔しさなんか無かったが、悲しさだけが残った。

しかし、誰も俺を責めなかった。それだけが救いだったのかもしれない。


浪人しない決断は、すぐに出来た。中央大学の入学手続の期限は切れていたので、選択肢はなかった。明治大学。かつて愛したこの大学に進学することになろうとは。

とはいえ、「早稲田に落ちたから明治」という消極的選択ではない。これは断言できる。少なくとも、センター利用の2校が、「滑り止め」でなかったことは確かだ。なぜなら、センタープレで、これらの学校に合格するだけの水準を取ったことが1度もなかったからだ。だから、俺にとっては、明治も中央も「挑戦校」。「実力相応校」ですらない。6つ全て落ちたとしても不思議ではなかった。

そんな中で残った最後のチケット。「明治大学商学部」。このチケットを使わない手はない。もし来年挑戦しても受かる保証はどこにもないわけだし、これも何かの縁だと思って喜んで進学しようと思った。


人生では何が起こるかわからない。それを感じた。


早稲田4連敗という地獄を経験した後、天国がやってきたのだ。


俺はもう1度、「明治の魅力」に魅了された。

実を言うと、明治大学が第1志望だった時期がある。その時は経営学部だったが。高1の終わりから高2の夏にかけて。実際に大学に行ったこともある。だから、明治の良さはよく知っている。

まず、「個」を大事にするというメッセージ。これは大事なことだ。
教育においては、個性を潰す風潮が蔓延している。その方が楽だからだ。しかし、それでは人間は育たない。個性を大事にしてくれるというのは、個性派の俺にとって不可欠の条件だった。

学長の話でも納得できた。創立者は、偉人ではない。一般人だ。そこにも惹かれた。

場所も良い。1,2年の和泉キャンパスは杉並区だが、それでも新宿から京王線で10分程度。「明大前」駅は、特急から急行から全て停車する。京王井の頭線も利用できる主要な駅だ。3,4年の駿河台キャンパスは御茶ノ水。企業の本社も周りにたくさんある、都心中の都心だ。建物が気に入った。素晴らしいビルである。

気取らない校風も好きだ。進学者には申し訳ないが、俺はどうも慶應、上智、ICU、青学、立教・・・のような系列の校風が好きになれない。オシャレでいいんだけど、気取ってる感じがして俺には合わないと思う。早稲田、明治のような「バンカラ」的校風が合っている気がする。自由な感じで俺にも居場所があるような気がする。

それから、今回調べてわかった事。

明治大学商学部は、明治大学では看板学部。珍しいと思う。出身者には、ワタミの社長、野尻佳孝さん、本田直之さんなど、いわゆる「起業家」が多い。そういう「ベンチャースピリット」は大好きだ。特に、本田直之さんの本には深く共感した。彼の著書、「レバレッジ」シリーズは1度読んでみることを強く薦める。俺が言っていることに近いものがあるのだが、俺よりも説得力があると思う。

資格試験のバックアップ体制が充実している。早稲田は公認会計士・・・とはいっても簿記講座しかなく、他にはエクステンションセンターで貿易なんとかがあったくらいだけど、明治のリバティーアカデミーは、宅建もFPも証券外務員も行政書士も結構ある。大原とかLECとかの半分程度の値段で。資格をたくさん取ろうと思ってる俺にとっては、絶好の環境。

https://academy.meiji.jp/shop/main/actionNameTxt/ctgry/cmdtyFlagTxt/sr/ctc/30

これに関してはもう1つ得する情報がある。
物件探しをしている所なんだけど、俺が明日見てくる(仮契約している)物件は、錦糸町(の近く)にある。「東の歌舞伎町」として有名な所(笑)買い物にも便利だし、総武線は快速も停車する。なかなか良さそうな感じだ。10Fの南向きの物件。資料には「高級賃貸マンション」と書いてある。値段的には、都内なら仕方がない感じのものだが。

アクセスが良い。錦糸町駅から御茶ノ水まで10分。明大前まで35分。なかなか良い感じ。資格対策講座に参加するのに、授業帰りに寄ることもでき、その場合でも定期区間内だから交通費はかからない。マンションから出てもそんなに時間がかからない。静高に通うより少しかかる程度。

何か、早稲田に落ちて悪いことのように思ったけど、逆にこっちの方が良かったかもしれない。まぁ、入ってみなけりゃわからないかもしれないけど、今はスゴく幸せだ。試験に負けて、人生に勝った感じ。ホントに人生というのはわからない。

よくこの受験を表現するのに、「早稲田行の電車に乗って、明治駅で降りた」という表現を使うんだけど、まさにそんな感じ。乗った路線は間違ってなかった。早稲田を目指すことによって、政経は深く勉強できたわけだし、嫌いな勉強も少しはやった。最高の友人も得て、最高の経験をした。初めから明治を目指してたら、明治に合格したかわからない。

それに今回のことで色々学んだ。失敗した人の気持ちがわかった。今まで染みついていた変なプライドがなくなった。余裕を持って周りを見ることができるようになった。

もうこれからは、「一流校」でも「トップクラス」でもない。明治大学は素晴らしい大学だけど、残念ながら偏差値的には「二流校」だ。これから俺もそう見られるだろう。

だけど、「二流」だからこそできることがある。これからは、地位とか名誉とか金とかのためだけじゃなく、自分の楽しみのためだけに生きていければ良い。もう上は狙えない。狙うつもりもない。だけど、挑戦はし続けるぜ!!俺のために。俺の満足のためだけに。

もう「4番でエース」をやることはないだろうな。だけど、「4番でエース」だけが野球じゃない。9人(10人)がそれぞれの役割を必死でやることによって野球は成立する。これからは、そうだな・・・「1番センター」として生きていこうと思う。フロンティアスピリッツを持って、誰もやらないようなことに挑戦し、パイオニアとして、切り込み隊長として、「1番センター」として、後世のヤツらのためにチャンスメイクできたら良いと思う。

「第2の人生」の幕開けだ。これからどうやって生きていくのか、楽しみだ。

華々しい成功など、いらない。

俺が俺でいれば、それでいい。

自分貫いて倒れるならば本望さ。
自分捨てちゃって生きてるヤツらよりはマシ。

神の見えざる手に導かれて、俺は天国へ昇っていく。


ダウンロードして聴いて下さい。